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現代社会の家出

親に対する反抗。世間に対する苛立ち。
かつて家出というものは、そういった心の悩みが原因で
起こる問題でした。しかし、現在の子供たちが繰り返す家出には、
明確な動機や原因が見当たりません。親に対する反抗心も
愛情への飢餓感もありません。ただその方が楽しいから
家には帰らない。そんな軽薄な気持ちで家出をしてしまうのです。
家出という言葉の意味が変わってきたとも言えます。
現在の日本で家出をする子供たちはいったい何を考え、
家出というものに何を見ているのでしょうか。
なんら主義や主張を持たない家出。もしかすると家出をする
子供たちは、家出に対して何も求めていないのかもしれません。
かつての家出のように、うまく表現できない、やり場のない
思いというようなものもなく、なんとなく実行されてしまう家出。
そうなてくると、家出される方の親もどう対処していいのか
わかりません。子供の方に何らかの意見や要求があるのなら
その問題に立ち向かうこともできます。しかし、家にいても
つまらないからとか、外にいる方が楽しいからといった理由で
家出してしまうわけですから、説得のしようもありません。
年頃の子供たちは、家で家族と過ごすよりも、外で友達と遊ぶ方が
楽しいと思ってしまうのかもしれません。実際、友達の家に遊びに行って、
帰るのが億劫だからそのまま家出してしまったという話があるくらいです。
つまり、現在の家出には何か明確に求めるものがあるわけではなく、
ただ楽しいからそうしている、といった動機しかないのです。
もはやそれは、家を出る、ではなく、家に帰らない、というだけ。
携帯電話を持っていれば、いつでも連絡をとることができるわけですし、
親としてもどうやって連れ戻せばいいのか悩みます。いつか帰って
くるだろうという気持ちになるのも無理はありません。
求めるものなき家出。それが現代社会の家出なのです。

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2011年9月5日 | コメント/トラックバック(0) |

カテゴリー:体験談

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